秋の風に、少し寂しさを感じる頃。
先日、叔父を見送りました。
義父の弟にあたる、穏やかな人でした。
この家に生まれ、やがて独立して家庭を築き人生を歩んできた叔父。
お通夜、そして告別式。
飾られた遺影の中の叔父は、生前の姿そのままでした。
写真を見つめていると、もう会えないということが、どこか現実ではないような気さえしました。そして私の心には、叔父と過ごした何でもない日々が、次々と浮かんできたのです。
我が家で過ごしてくれた時間
介護施設に入所する前まで、叔父は叔母と一緒によく我が家へ遊びに来てくれました。
いつもお決まりの場所に腰掛けて、私の淹れたお茶をおいしそうに飲む叔父。
一緒にお出ししたお茶菓子も、とてもおいしそうに召し上がってくれました。
叔父は無口な人で、たくさんの言葉で「おいしい」と伝える人ではなかったけれど、
にこにことしたその笑顔から、
「おいしいよ。ありがとう」
という気持ちが、私には柔らかく届いていたことが蘇りました。
私は、お茶を淹れることが大好き。
器を選び、お茶菓子をきれいに添える。
そして、それを喜んでくださる。
そんな時、私は本当に幸せを感じます。
だから叔父と叔母が我が家へ来てくれる日は、私にとっても、とても嬉しい時間でした。
今思えば、小さな「我が家の喫茶」を楽しませてもらっていたのは、
叔父たちではなく、むしろ私のほうだったのですね。
けれど、叔父も叔母も少しずつ歳を重ね、身体が弱り、
我が家を訪れることも少なくなりました。
やがて施設へ入るようになり、その時間はなくなってしまいました。
叔父の遺影を見ながら、
もう、あの頃のように一緒にお茶を楽しむことは叶わない。
そう思ったとき初めて、あの何でもないお茶の時間が、どれほどかけがえのないものだったのかに気づきました。
何も聞かずに力を貸してくれた叔父
私の記憶の中で、叔父が人の悪口を言ったり、誰かを責めたりする姿を一度も見たことはありません。
何か大きな言葉をもらったというより、叔父の人柄そのものから、たくさんのことを教えてもらったような気がします。
ずっと昔、私が車を買うとき、叔父に保証人になってもらったことがありました。
「どうしてあの時、私は叔父さんにお願いしたのだろう」
と記憶をたどった。
そうだった。
その頃の私は家庭のことでいろいろな思いを抱え、
「この家を出ていこう」
とまで考えていた時期でした。
もちろん叔父は、そんな私の胸の内など探りませんでした。
何も聞かず、私の保証人を引き受けてくれたのです。
思えば思うほど、叔父への感謝が改めて胸に沁みます。
叔父の優しさは、大きな言葉ではなく、こうして私の人生の中に静かに残っていました。
人との出会いの不思議
人は一生の間に、いったい何人の人と出会うのでしょう。
たくさんの人とすれ違い、言葉を交わし、さまざまなご縁をいただきながら、
私たちは生きていきます。
けれど、その中で家族となり、心を通わせ、
何十年もの時間を重ねる人は、ほんのわずかです。
考えてみれば、本当に不思議なことです。
私が夫と出会ったことで義父と出会い、その弟である叔父とも出会ったのですから。
もし人生のどこかがほんの少し違っていたら、叔父とは出会うことさえなかったのかもしれません。
血のつながりはなくても、人生の途中から家族になり、
一緒にお茶を飲み、笑い合い、ときには助けてもらいながら何十年もの時間を重ねていく。
そしていつしか、その人との時間が、自分の人生の一部になっている。
人と人とのご縁とは、本当に不思議で、ありがたいものですね。
出会うということは、その人の生き方や心の美しさを、
自分の人生にも少し分けていただくことなのかもしれません。
叔父と出会えたことで、私も叔父の優しさを、私の人生の中にたくさんいただきました。
何でもない時間こそ
告別式で叔父との日々を思い出していると、涙が止まらなくなりました。
悲しいというだけではありませんでした。
もっと深いところから温かなものが胸いっぱいに込み上げてきて、
「叔父さん、ありがとう」
と、何度もなんども溢れでてきました。
人生の宝物というのは、特別な日にだけ生まれるものではないのですね。
誰かのためにお茶を淹れ、同じテーブルの中で、
「おいしいね」と笑顔で過ごせる時間。
そして、「またね」と手を振って見送る。
そんな何でもない時間の中に、今の私がいつの日か「宝物」と呼べる時間を、
静かに積み重ねていたのですね。
叔父さん。
私に出会ってくれて、本当にありがとう。
そして何度も我が家へお茶を飲みに来てくれて、ありがとう。
あの時間も、おふたりの笑顔も私はこれからも大切に心の中にしまっておきます。
そしてこれからは、目の前にいる人たちと一緒に過ごせる時間を、
今まで以上に大切にしていきたいと思います。
一杯のお茶を一緒に飲めることも、 決して当たり前ではないのだから。
出会えたことに、ありがとう。
一緒に笑って過ごせたことすべてに、ありがとう。
そして——
何でもなかったあの日々が、 今では私の大切な宝物になりました。



