私のスマホを開くと、そこには白黒写真があります。
オードリー・ヘプバーンです。
もう、ずいぶん長い間、私のスマホの画面には彼女がいてくれます。
孫が生まれたときは、それはもう可愛くて、可愛くて。
「待ち受けを孫の写真にしようかな」
そう思ったことも何度かありました。
もちろん、大切な孫とオードリーを比べているわけではありません。
それでもなぜか、私はこの白黒の写真を変えませんでした。
スマホを開くたびに出会うオードリーの笑顔。
その笑顔から私は、何度も言葉にならない何かを受け取っていたような気がしていました。
励まされるような。
背中をそっと押されるような。
そして時には、
「あなたは、どんなふうに生きたいの?」
と、静かに問いかけられているような。
美しい女優、オードリー・ヘプバーン
振り返れば、私はずいぶん昔からオードリーが大好きでした。
今では全く使われなくなったVHS(家庭用ビデオテープ)の時代には、オードリーの映画のビデオを何本も買いました。
映画を観たり、映画音楽を聴いたり。
『ローマの休日』をはじめ、『マイ・フェア・レディ』など、スクリーンの中のオードリーには、本当になんともいえない美しさがありました。
愛らしい笑顔。
すらりとした姿。
品のある佇まい。
若い頃の私は、そんな女優としてのオードリーにすごく憧れていました。
そして、年齢を重ねてから知ったオードリーには、もうひとつの美しさがありました。
それを知ってから私は、彼女のことをもっと大好きになりました。
晩年のオードリーが見せてくれた、もうひとつの美しさ
オードリーは1988年、UNICEFの親善大使になり、世界各地の子どもたちのもとへ自ら足を運び、その現実を世界へ伝える活動を続けました。
華やかな映画の世界で多くの人を魅了した女性が、晩年には、自分の時間と愛を子どもたちのために使っていたのです。
彼女自身も第二次世界大戦後、食料や医療の援助を受けた経験がありました。
かつて自分が受け取ったものを、今度は誰かへ手渡していく。 自分のところで終わらせない心の持ち主。
その生き方を知ったとき、私の中で「美しい人」という言葉の意味が少し変わりました。
オードリーからもらったものを、小さな行動へ
オードリーの活動を知ったことをきっかけに、私も在職中、毎月3,000円をUNICEFへ寄付するようになりました。
決して大きなことではないのですが、それでも、私にもできる小さなこととして続けていました。
その後、仕事を辞めて年金生活となり、毎月の暮らしを考える中で、
寄付はいったん中断しました。
やめたときは、悩みながら、やはり心が痛みました。
そして今も、心のどこかに少し引っかかっています。
「また始めたい」
その思いは、今も私の中にあります。
でも70歳になった今は、できていない自分を責めるのではなく、今の私にできる形で、また小さな一歩を始めればいいと思えるようになりました。
大切なのは、金額の大きさではなく、誰かを思う心をなくさないことなのだと思います。
70歳になって思う「美しさ」
若い頃の私なら、「美しい人」と聞いて、まず外見の美しさを思い浮かべたものです。
もちろん今だって、美しいものは大好きです。
きれいなお花も。
素敵なコーヒーカップも。
美しい音楽も。
そして、オードリーの美しい姿も。
でも70歳になった今、私が憧れる美しさは、それだけではなくなりました。
人を思いやること。
誰かの話に耳を傾けること。
目の前の人を大切にすること。
いただいたご縁に感謝すること。
そして、自分自身にも優しくすること。
そんな毎日の小さな積み重ねが、その人の表情や佇まいに、いつしか表れてくるのではないでしょうか。
美しさは、顔だけに宿るものではなく、生き方にも宿る。
晩年のオードリーを知って、私はそんなことを教えてもらったように思います。
いただいた愛を、今度は誰かへ
私も、70年生きてきました。
振り返れば、本当にたくさんの人に助けられ、教えていただき、支えていただきました。
今の私があるのは、決して私一人の力ではありません。
だから、これからの人生では、私が受け取ってきたものを、ほんの少しでも誰かへお渡ししていけたらと思っています。
大きなことはできなくてもいい。
一杯のお茶を誰かと一緒に楽しんだり、
誰かのお話をゆっくり聞いたり。
疲れている人には、そっと優しい言葉をかけることも。
そんな小さなことの中にも、愛は宿るのだと思います。
そして、いただいた愛が次の誰かへ渡っていくのなら、
それは小さくても、とても美しい愛の循環なのだと思えるようになりました。
今日も、スマホの中のオードリーに
今日もスマホを開けば、そこにはいつものオードリーの笑顔があります。
同じ一枚の写真なのに、若い頃に見ていたオードリーと、70歳になった今の私が見るオードリーは、少し違って見えます。
もし今、彼女からもう一度、
「あなたは、これからどんなふうに生きたいの?」
と問いかけられたなら、私はこう答えたい。
人に優しく、 自分にも優しく、 いただいた愛に感謝し、その愛をまた誰かへ手渡せる人でありたい。
心が美しい人になりたい。
70歳。
まだまだ私は夢の途中。
迷うこと、できないこともあります。
それでも、今の私を責めるのではなく、今の私を愛しながら歩いていきたい。
そして、まだ知らない自分にも会ってみたい。
今の私を愛しながら、まだ見ぬ私に会いにゆく。
「グランマふうちゃん号」は、ようやく港を離れたばかりです。
これからどんな景色に出会うのか、私にもまだわからないけれど、これからの旅を、少しでも美しく生きる旅にしたい。
今日もスマホの中のオードリーの笑顔に、そっと「ありがとう」と伝えながら。
私はまた、小さな一歩を進めていきます。



