
こんなに大きな茄子、見たことがありますか?
初めて見た方なら、その大きさにきっと驚かれると思います。
私の地元・新潟市北区には、普通の長茄子よりもずっと大きく育つ「やきなす」というブランド茄子があります。
その大きさは、一般的な長茄子の4倍近くにもなるんです。
けれど、驚くのはその大きさだけではありませんよ!
皮ごとこんがり焼いてから皮をむくと、中から現れるのは、とろ〜りと柔らかな実。
生姜と削り節を添えて、お醤油を少し。
とてもシンプルなのですが、これが本当にたまらなくおいしいのです。
今日は、夏から秋まで食卓を楽しませてくれる茄子のお話と、私がお嫁に来て初めて出会った、この土地ならではの「やきなす」のお話。
そして最後には、「なす」という言葉からふと心に浮かんだ、70歳のグランマの小さな思いにも、少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです。
夏から秋へ、まだまだおいしい茄子
この夏も、いろいろな種類の茄子のおかげで、わが家の食卓にはたくさんの「おいしい」が並びました。
ひと口に茄子といっても、実はいろいろな種類がありますね。
中長茄子、長茄子、丸茄子、水茄子、米茄子、白茄子、青茄子……。
それぞれに形や食感、味わいの違いがあり、その持ち味に合わせて、焼いたり、煮たり、揚げたり、炒めたり、漬けたり。
同じ茄子でも、調理法によってさまざまなおいしさを楽しませてくれます。
比較的低カロリーで、さまざまな栄養素も含む茄子。
知れば知るほど、なかなか奥深い野菜です。
そして季節が夏から秋へ移っても、そのおいしさはまだまだ続きます。
「秋茄子」という言葉が昔から残っているほど、秋の茄子もまた格別です。
ここからは、最初にご紹介した大きな大きな「やきなす」のお話です。
お嫁に来て初めて出会った、新潟の「やきなす」
私がこの「やきなす」に初めて出会ったのは、こちらへお嫁に来てからのことでした。
今では毎年のようにいただいている、私にとって馴染み深いふるさとの味になりました。
新潟市北区の「やきなす」は、豊栄地区で品種選抜されてきた、門外不出の種によるブランド茄子で、「新潟市食と花の銘産品」にも指定されています。
その大きさは、一般的な長茄子の4倍近くにもなるそうで、大きいものでは長さ30センチほどになることも。
初めて目にした方なら、
「えっ、これが茄子?」
と驚かれるかもしれません。
けれど、この「やきなす」、大きく育っても実はとても柔らかく、焼くことで甘みが増し、とろけるような食感になります。
そして何より心惹かれるのが、この「やきなす」が、この土地で大切に守り継がれてきたということです。
長い年月をかけて品種を選び、種を守り、育て、次の世代へとつないでくださっている方々がいるからこそ、私たちは毎年このおいしさをいただくことができるのです。
そう思うと、いつもの一皿にも自然と、
「ありがとう」
という気持ちが湧いてきます。
わが家で楽しむ「やきなす」の焼き茄子
私が一番おいしいと思う食べ方は、やっぱり名前の通り焼き茄子です。
とてもシンプルなお料理ですが、わが家ではちょっとした下ごしらえをしてから焼いています。
材料
- やきなす
- サラダ油
- 生姜
- 削り節
- 醤油
① 焼く前の下ごしらえ
まず「やきなす」を洗い、水気を拭き取ります。
私は焼く前に、フォークなどで数か所穴を開けています。
さらに、表面にサラダ油を薄く塗ってから、魚焼きグリルで焼くのがわが家流です。
② 皮ごとじっくり焼く
下ごしらえをした「やきなす」を、皮ごとじっくり焼いていきます。
時々向きを変えながら、全体にしっかり火を通します。
中まで柔らかくなる頃には、外側の皮は、
「こんなに真っ黒になって大丈夫?」
と思うくらい、かなり黒くなります。
でも、ご心配なく。
この真っ黒な皮の中に、とろ〜りとしたおいしさが待っています。
③ 粗熱をとって、皮をむく
焼き上がったら少し粗熱をとります。
まだ熱いうちに、やけどに気をつけながら、ヘタのほうから縦方向に皮をむいていきます。
すると、中から現れるのは、とろ〜りと柔らかな実。
皮をむいたあとにも、焼いたときの香ばしい香りがほんのりと残っています。
④ 食べやすい大きさに切る
皮をむいた「やきなす」を、食べやすい大きさに切ります。
せっかくの柔らかな実を崩しすぎないように、私はやさしく扱うようにしています。
⑤ 盛り付けて仕上げる
器に盛ったら、生姜と削り節を添えます。
そして仕上げに、お醤油をほんの少し。
口に運ぶと、焼いた茄子の香ばしさがふわっと広がり、そのあとから、とろけるような柔らかさと茄子のやさしい甘みが感じられます。
生姜の爽やかな風味と削り節の旨みも加わって、なんとも言えないおいしさです。
とてもシンプルな食べ方ですが、だからこそ「やきなす」そのもののおいしさを存分に味わえるんですよね。
今年もまだまだ、わが家の食卓に登場してもらいますよ。
考えてみれば、こちらへお嫁に来たからこそ出会うことのできた味。
これもまた、人生の中でいただいた「ご縁の味」。
「秋茄子は嫁に食わすな」って、本当?
そして、こんな言葉がありますよね。
「秋茄子は嫁に食わすな」
これって本当?
一見すると、ちょっと意地悪な言葉にも聞こえますね。
このことわざの由来には、いくつかの説が伝えられています。
おいしい秋茄子をお嫁さんに食べさせるのはもったいない、という説。
一方で、茄子は体を冷やす食べ物と考えられていたため、お嫁さんの体を気遣った言葉だという説もあります。
どれが本来の意味なのか一つに決めるのは難しいようですが、こんな言葉が昔から残っていること自体、秋の茄子がおいしいものとして親しまれてきた証なのかもしれません。
そして私の場合は……
「お嫁に来たからこそ、こんなにおいしい『やきなす』に出会えました」
私にとって秋茄子は、お嫁に来たからこそ出会えた、ありがたい「ご縁の味」になりました。
「なす」から「成す」へ
そして私は、「なす」という言葉を聞いているうちに、もう一つの言葉を思い浮かべました。
それは、
「成す」。
何かを成す。
願いを成す。
夢を成す。
「成す」というと、何か大きなことを成し遂げなければならないように思ってしまいます。
けれど、本当はもっと小さなことでもいいのだと思います。
昨日までできなかったことに、今日はちょっと挑戦してみる。
心に浮かんだ小さな願いを、一歩だけ行動に移してみる。
昨日の自分より、ほんの少し前へ進んでみる。
そんな一つひとつも、私にとって大切な「成す」なのだと、なんだかしみじみ思いました。
夏の太陽をいっぱい浴びて育ち、季節が秋へ移っても、なおおいしい実を届けてくれる茄子。
そんな姿を見ながら、ふと思います。
「実る時期は、みんな同じじゃなくていい」
早く実るものもあれば、ゆっくり時間をかけて実るものもある。
そして、一度実ったら終わりではなく、そこからまた次の実りへ向かっていく。
それは、人生も同じなのかもしれません。
70歳の私にも、これから「成す」ことがきっとある。
まだ見たことのない実を、これからゆっくり実らせていけばいい。
今の私を愛しながら、 まだ見ぬ私に会いにゆく。
出航したばかりの「グランマふうちゃん号」。
さてさて、この先には、どんな景色が待っているのでしょう。
そして、どんな新しい「実り」に出会えるのでしょう。
秋の食卓に並んだ一つの茄子から、そんなことを思った今日でした。
今日も自然の恵みに。
この土地で大切な野菜を育て、つないでくださっている方々に。
そして、今日も家族と食卓を囲めることに。
心から感謝して。
ごちそうさまでした。



