数日前の、家族揃っての夕食。
スーパーの魚売り場で、秋刀魚がピカピカ、キラキラ。
私みたいに少し太っちょ(笑)。
久しぶりに焼いて食べたら、おいしいに決まっている。
主人は秋刀魚が大好き。
孫たちはあまり魚が得意ではないので、普段から骨を取ったり、食べやすくしたりして少しでも食べてもらえたらと、私なりに工夫しています。
お値段も、なかなか立派でした。
それでも、「旬のおいしいものを、家族に食べてもらいたい」そんな気持ちで、出会えた秋刀魚さんに感謝しながら、大好きな長皿に盛りつけて食卓へ。
すると、いつもお決まりの言葉がまた聞こえてきました。
「えー、お魚? 食べたくな-い」
いつもなら聞き流せたはずなのに。
「そうだよね。お魚、あまり好きじゃないものね」そう受け止められたはずなのに、その日はなぜかできませんでした。
そこに主人まで孫の味方をするような言葉を口にした瞬間、私の中で何かが、ぷつんと切れてしまいました。
「毎日、三度三度ご飯を作ることが、どれだけ大変かわかってるの?」
「みんなの身体のことを考えて、少しでも身体に良いものを美味しくと思って作っているのに!」
「そんなに嫌なら、今度から自分たちで好きなものを作ってよ!」止めどなく言葉が次々と出てしまいました。
言い終わったあと、お台所に残ったのは、家族の静けさと、私の虚しさでした。
我慢することだけが、優しさではなかった
もっと静かに言えばよかった。
もっと丁寧に伝えればよかった。
家族に嫌な思いをさせてしまったね。
そんなことを考えながら自分の部屋へ入り、スマホを手にしたところで、そのまま眠ってしまいました。
きっと、随分と疲れていたのでしょう。
翌朝。
まだ誰も食卓に座っていないお台所で、こんな言葉を、心の中で家族に伝えました。
「昨夜の私は、ちょっとおかしかったよね」
「嫌な言い方をして、ごめんなさい」
「でもね。私の気持ちも、少しはわかってね」
そんな思いも一緒に胸に置いて、いつものように朝食作り。
その時、昨夜の秋刀魚は、みんなちゃんと食べてくれてあったことに気付いた。
うれしい気持ちと同時に、少し笑ってしまいました。
私の言い方はよくなかったけど、だからといって私の気持ちまでなかったことにしなくてもよかったと。
これまでも家族から何か言われるたびに、「大丈夫、大丈夫」「嫌いなんだから、食べなくてもいいよね」「ふうちゃん、よくやっているよ」そうやって自分で自分を励ましながら、心の中で消化してきた。
でも、我慢し続けることだけが、優しさではない。
自分の気持ちを、相手を責めない言葉で伝えることも大切なのだと気づきました。
今度は、私にも優しい時間を
毎日、家族のためにたくさんの時間を使っている。というより、それは必要な時間。
嫌々していることではなく、むしろ家族が健康で幸せにいてくれることが私にとって大きな喜びなのだ。
でも、ふと「自分のために、どれくらい時間を使っているだろう」そう思った途端に、今度はもっと、私にも優しい時間を使おうと思いました。
すると、何とも言えず心がスッと楽になりました。
先輩のために思い出した場所が、今度は私のために
私は仕事をしていた頃、鍼灸マッサージの小林治療院に長い間お世話になっていました。
先生ご夫妻は、お二人とも全盲です。
とても丁寧に時間をかけて体を診てくださり、私にとって長年、安心して心身を委ねられる場所でした。
ところが退職後、「DENBA Health」という健康機器に出会いました。
DENBA Healthは、食品の鮮度保持から生まれた技術を健康分野にも応用したもので、世界49か国で特許を取得し、大学との共同研究も行われているそうです。
私自身も日々使う中で、以前気になっていた体のことがいつの間にか気にならなくなり、70歳の今も元気に動けていることを、とても有難く感じています。
そんなこともあり、いつの間にか小林治療院からは足が遠のいていました。
ところが少し前、会社員時代の先輩から、
「何か月も整形外科へ通っているのに、腰と足の痛みが続いているの」という話を聞きました。
とても辛そうな先輩の姿を見て、
「あっ、小林先生のところへ行ってみたらどうだろう」と、久しぶりに思い出したのです。
先輩をご紹介し、治療院までお連れしました。
二回治療を受けた先輩から、その後「痛みがなくなり、元気に過ごしている」と聞き、本当によかったと思っていました。
そんな出来事があった矢先の、あの秋刀魚事件の夜の次の日。
ふと思いました。
「そうよ。今度は私が、小林先生のところへ行こう」
先輩のために思い出した場所が、今度は私自身を労るための場所になりました。
自分では気づかなかった、身体の声
「70歳の今も元気だし、どこも悪くない」そんな気持ちで先生の前に座った私。
ところが先生の手が体に触れると、自分では気づいていなかった疲れを、いくつも指摘されました。
首も肩も、すごく凝っていたようです。
足や身体の左右のバランスも丁寧に診ていただき、先生からは足の長さにもかなり差が出ていると言われました。
「ずいぶん無理しているね」その言葉に、ハッとした私。
元気で動けているつもりでも、かなり疲労していたんだと。
治療を終えて立ち上がり、歩いてみると、「あれ?」と思うほど体が軽い。首や肩のまわりから、何枚もの重たいものを脱がせてもらったようでした。
「手当て」という言葉
DENBA Healthのような現代の技術に、日々の健康を支えてもらうこと。
そして、人の手で直接触れてもらい、体を整えていただくこと。
どちらか一方だけではありません。それぞれに違った良さがあり、どちらも自分の体を大切にするためのものなのだと両方に出逢えている事に感謝が募りました。
そして何より、この日、あらためて感じたのは、人の手の温かさ。
手を当てる、と書いて「手当て」。
先生の手で丁寧に体をほぐしていただきながら、「もう少し、自分のことも大切にしてあげてね」と、自分に言い聞かせました。
この日、身体だけではなく心まで手当てしてもらったように感じました。
秋刀魚が教えてくれたこと
私は普段から、睡眠時間が短くても、元気だから大丈夫と思って過ごしてきました。
しかし今回、元気に動けている自分の奥に、気づいていなかった疲れがあったことを知りました。
家族には健康でいてほしい。
だからこそ、おいしいものを食べてもらいたい。
そんな思いで毎日を過ごしてきました。
でも、その中に、私自身も入れてあげなくてはいけなかったのです。
心にも、身体にも、「今日もありがとう」「よく頑張っているね」と、そっと手を当ててあげる。そんな時間が、私にも必要でした。
考えてみれば、そのことに気づくきっかけは、
「えー、お魚?食べたくな-い」と言う孫のひと言。
あの夜は何故か、腹が立って、悲しくて、虚しくて。
まさかそこから、「もっと自分を大切にしよう」という事にまでつながっていたとは思いませんでした。
人生の中での気づきは、こんな何気ない日常の中に隠れているのですね。
家族のために、誰かのためにと、一生懸命過ごしていると、つい置き去りにしまう自分のこと。
これからは、
私にもちゃんと「手当て」をしてあげよう。
身体にも心にも。
そして、いつも元気な私で、大切な人たちと食卓を囲もう。
あの日の秋刀魚事件は、私に届いた孫からの贈り物。
ちょっぴり特別な秋の味になりました。



