「キャ〜助けて~」
出刃包丁で指を切ってしまった。
「キャ〜」どころか「ぎゃ〜」だった。
夕飯の支度中、事もあろうに。
ご想像の通り、出刃包丁ですものね。
出血がひどく止めどなく流れてきて、思わず口に指をほおばりました。
指を舌で押さえながら吸い込む圧で、止血してる間に、隣の部屋に丁度いてくれた主人のおかげで応急処置。
おかげさまで救急車にお世話になる惨事には至らなかったので一安心。
当然、そのあと作ろうと思っていた赤カレイの煮魚は、出来ず食事の支度は途中まで。
指一本が使えないだけで、食事の支度が全くできなくなり、日常のいろいろなことが思うようにできなくなることを改めて感じた。
当たり前にある事への感謝が募るばかり。
普段は何気なくしている動作のひとつひとつ手には、いや指一本一本には、実はたくさんの働きがあるのですね。
手のひらから指、全部が繋がっていて支え合っている。
それぞれのお役目を果たしながら認め合っていて助け合っている。
まるで優しいひとつの家族の存在の様。
そんなことをを感じていたら、、、。
我が家もそう。
主人はじめ家族みんなが、
「もう動かないで、お願いだから、何もしないで休んでいてね」
と、、、言ってくれ、
「これだけあるんだから充分だよあるもので食べようよ」と。
嬉しくて、嬉しくて、今回は甘えた。
というのも以前の私なら、
調理用手袋や作業用手袋をはめて、手当てした指が入らないけど、うまく駆使し、何が何でもやり遂げていた。
「何もしなくても大丈夫と、そんなこと言ったって誰がこの後、夕飯の支度するの?」
「きちんと、栄養の摂れた食事をさせてあげなければならないでしょ」
「家族のために私しかいないでしょ」
「私がしなければならないでしょ」
「私しか出来ないでしょ」という思考で、
家族の為に頑張りすぎている自分が当たり前にいましたね。
その奥の奥にあった想いは、家族の為しかなかったけど。
その無意識に自分の価値を、家族に証明していたのでしょうかね。
1番大切な私を大切にしてあげてなかったんですね。
怪我して、血が止まらなくても、
「働きなさい、あなたの家族の為に」と。
なんて自分に対して残酷なことをしてきたんだろうと、、。
かわいそうなことをして生きてきていたんだろうと、、。
あふれ出す想いが涙に変わり、ごめんなさいで胸がしめつけられた。
いつもなら何があっても何が起きても、何でもできるスーパ-おばあちゃんだから、
「これもしなきゃ」「あれもやらなきゃ」と動いてしまう私に、今回の出来事は、少し強制的に休みを与えてくれたんですね。
それはどなただったのかしら?
もしかしたら、それは私?
分かりませんが、、、。
私の身体が
「少し休んでね」
「いつも頑張りすぎているよ」
「もっと自分のこと大切にしてね」
と優しく教えてくれたのかもしれません。
何気なく暇なく動いてくれる身体への感謝。
当たり前に使えている指や手のありがたさ。
そして、時には立ち止まることの大切さ。
忙しい毎日の中で忘れがちなことを、私の指一本がそっと教えてくれました。
そして、できないことに目を向けるのではなく、できる方法を見つけながら、
少しゆっくり過ごす毎日がありがたい事、私の時間の中で気づかせてもらいました。
そして、聞いてください!
昨夜、この怪我のおかげで、私にとって何より心が温かくなった出来事がありましたの。
普段はなかなかお手伝いをする機会のない孫たちが、二人で連携して後片付けをしてくれたんです。
お茶碗や食器を洗い、新しい好みのふきんで水分をふき取りきちんと食器棚にしまうところまで、二人で力を合わせてやってくれました。
明日の朝炊くお米まで研いでくれたんです。
何でもできちゃう天才さんに!成長していてくれた。
その姿に、
気持ちに、
家族の優しさに、
孫たちの成長に、
助け合うことの尊さを、
怪我をしたことは大変でしたが、そのおかげで沢山のプレゼントと出逢えることに。
今回の出来事は、
「ひとりで頑張りすぎなくても大丈夫だよ」
「自分を大切にしてね」
と教えてくれたのですね。
大きなプレゼントをいただきました。
何気なく動いてくれる身体への感謝。
そして家族の優しさへの感謝。
ありとあらゆる物、事、が当たり前でない事に改めて感謝。
忙しい日々の中で見落としがちな幸せを、指一本がそっと教えてくれました。
私の朝。
エプロンをかけるところから始まる台所仕事。
今朝は、おやすみさせていただきました。
優しい家族さんありがとう。
大事に至らなかった指の怪我さん、ありがとう。
ゆっくりとお茶をいただく幸せ
ありがとう。